作者である諫山創は、物語の極めて初期からジャンの一方ならぬ視線を克明に描いていた。訓練兵団に入団した初日、ミカサの黒髪の美しさに息を呑んだ少年の姿を覚えている読者は多いはずだ。あれは単なるコミックリリーフでは終わらなかった。
決定的なのは、終盤の地鳴らしの最中にジャンが見た夢の情景だ。中央憲兵として安全な内地で酒を嗜み、窓辺には黒髪の妻と赤ん坊がいる生活。その幻影に現れた女性の横顔は、まぎれもなくミカサそのものだった。現実に押しつぶされそうな極限状態において、ジャンが心の底で求めた安寧の象徴が彼女だったのである。
諫山創は安易な言葉による説明を排し、コマの端々や視線の交差に心情を託す作家だ。一途にエレンを思い続けるミカサを見つめ続け、決して無理強いすることなく背中を守り続けたジャンの忍耐強さ。その積み重ねがあったからこそ、荒廃した戦後の世界で二人が手を取り合う構図に、揺るぎない説得力が宿っている。