荒川自然公園の足元に眠るのは、大正11年に稼働を開始した日本最初の近代下水処理場、三河島水再生センターである。高度経済成長期、急増する人口と都市排水に対応すべく施設の大規模改修が進められる中、東京都下水道局はある大胆な決断を下した。水処理施設の上部を強固な人工地盤で覆い、その広大な屋上を区民のための公園として開放する計画だ。
当時の都市公園・造園業において、これほど巨大な人工構造物の上に大規模な樹木を根付かせる試みは前例がなかった。土壌の厚みが限られる中、いかにして樹木の根張りを支え、風倒を防ぐか。技術者たちは軽量土の配合や独自の排水システムを開発し、試行錯誤の末に昭和49年、緑豊かな公園を完成させた。都市インフラの臭気や圧迫感を遮断し、上空に豊かな生態系を構築したこのプロジェクトは、今なお世界のランドスケープ関係者から先駆的なモデルケースとして高く評価されている。