「朝晩の勤行を拒むと、家族から『魔が差した』と咎められた」。ある30代の女性はそう振り返る。新興宗教の家庭に生まれ落ちた子供にとって、家庭は安全な避難所ではなく、教義を強制される訓練場に化すことがある。創価学会の会員である親の熱心な信仰心は、時に子供の自己決定権を奪い去り、人間関係の選択肢さえ狭めていく。
組織の精神的支柱であった名誉会長の池田大作氏が他界して以降、組織の求心力や内部の空気に微妙な変化が生じている。長年にわたり聖域視されてきた指導者の存在感が変容する一方で、2世たちが抱える生きづらさは消えていない。財務と呼ばれる寄付金集めへの圧力や、聖教新聞の多読購読など、経済的な圧迫が世代を超えて引き継がれる実情がある。これまでは世間体や家族関係の崩壊を恐れて隠蔽されてきたが、メディアが報じきれなかった心理的トラウマと過酷な日常の真相が、ようやく個人の証言によって語られ始めたのだ。