書寫山圓教寺は、康保3年(966年)に性空上人(しょうくうしょうにん)によって開創されました。広大な山内は主に「東谷」「中谷」「西谷」の3つの区域に分かれており、それぞれ異なる信仰と建築の歴史を色濃く残しています。
参拝者がまず息を呑むのが、中谷に位置する摩尼殿(まにでん)です。天禄元年(970年)創建と伝わるこの堂宇は、急峻な岩山の中腹にせり出すように建てられた「懸造(かけづく)り(舞台造り)」の傑作です。京都の清水寺本堂を彷彿とさせる豪快な木組みの上に舞台が張り出し、春の桜、初夏の新緑、秋の紅葉と、四季折々にドラマチックな表情を見せます。大正10年(1921年)に焼失したものの、名匠・武田五一の設計指導によって昭和8年(1933年)に見事再建され、国登録有形文化財に指定されています。
摩尼殿からさらに山奥へと進むと現れるのが、前述のロケ地でもある三之堂です。それぞれの役割と構造は次の通りです。
- 大講堂(国指定重要文化財):室町時代中期の再建。圓教寺の本堂に相当し、学問・修行の場として僧侶たちが論義を交わした荘厳な講堂。
- 食堂(国指定重要文化財):修行僧が食事と起居を共にした南北に長い長大な建物。現在は1階で写経道場が開かれ、2階には寺宝が展示されています。
- 常行堂(国指定重要文化財):不断念仏の修行を行うための建物。東向きに建てられ、大講堂の釈迦三尊像に向かい合って建てられているのが大きな特徴です。
さらに奥へ進むと、開祖・性空上人を祀る「開山堂」が鎮座する奥之院に到達します。軒下の四隅には、江戸初期の名工・左甚五郎作と伝わる力士像が屋根を支えており、北西の1体は重さに耐えかねて逃げ去ったというユニークな伝承が語り継がれています。