沙羅双樹という存在を理解する上で避けて通れないのが、古代インドの仏教伝承と、それが中世日本の美意識へと転化していった歴史的変遷です。
仏教の聖典において、沙羅樹は「仏教三大聖樹」の一つに数えられます。釈迦が誕生した際の「無憂樹(ムユウジュ)」、悟りを開いた際の「菩提樹(ボダイジュ)」、そして最期の時を迎えた地であるクシナガラの「沙羅樹(サラジュ)」です。釈迦が最後の教えを説き、入滅(涅槃に入ること)した際、ベッドの東西南北に生えていた4双・計8本の沙羅樹が一斉に季節外れの白い花を咲かせ、まるで鶴の群れが翼を広げて覆い尽くすかのように白く変わり、悲嘆に暮れて枯れ落ちたという伝説が残されています。
この劇的な光景が日本に伝来した際、『平家物語』の編者たちは、この白い花を「この世の栄華の虚しさ」を表現する最高のメタファーとして採用しました。「諸行無常」(あらゆる存在は絶えず移り変わり、永遠のものはない)と、「盛者必衰」(勢いが盛んな者も必ず衰え滅びる)。白い沙羅の花は、権力者への戒めであると同時に、抗えない運命を背負った人間存在への深い祈りと慈悲を内包していたのです。