映画『キリエのうた』が叙情的な映像美と音楽のダイナミズムで観客を圧倒する一方で、小説『キリエのうた』は登場人物たちの内面世界を極限まで掘り下げている。
最大の差異は、視点の構造と心理描写の密度にある。映画ではカット割りや即興的なセリフ回しで提示された夏彦の葛藤やイッコの偽名の背後にある孤独が、小説では冷徹かつ温かいテキストで緻密に解剖される。なぜ夏彦があれほどまでに自責の念に駆られ、自らを罰するように生きてきたのか、その精神的背景が克明だ。
また、時間の跳躍が小説の方が直感的であり、読者は13年におよぶ歳月の重みをダイレクトに体感することになる。映画の尺の中では溢れ落ちてしまった細やかなエピソードや言葉の断片が、小説ではパズルのピースのように噛み合い、ラストの感動をより重厚なものへと昇華させている。