東京大学法学部を卒業し、厚生労働省に入省、ハーバード大学大学院への留学を経て衆議院議員へ。豊田真由子氏の経歴は、政治・政界においても群を抜く超エリートコースそのものであった。しかし、その完璧主義と苛烈なパーソナリティは、議員事務所という閉鎖空間で凄まじい歪みを生み出していた。
永田町関係者の間では、彼女の事務所における秘書の定着率の低さは有名だった。在任中に100人近くのスタッフが入れ替わったという証言もあり、政策秘書をはじめとするスタッフへの負担は限界を超えていたとされる。支持者への年賀状や名簿管理のミス一つが、命取りのような怒声へと繋がる異常な緊迫感が日常化していた。