時計の針を1958年に戻そう。沖縄代表として初めて聖地の土を踏んだ首里高校の球児たちを待っていたのは、あまりにも残酷な現実だった。敗戦後、米軍統治下にあった沖縄へ戻る際、植物検疫法によって甲子園の土は「外国の土」とみなされ、那覇港の海へと捨てられたのだ。失意に暮れる球児たち。しかし、この屈辱と悲しみこそが、島全体に「甲子園への猛烈な執念」を植え付ける原点となった。
やがて1999年の沖縄尚学による春の選抜初優勝、そして2010年の興南高校による激闘の末の春夏連覇。かつて「打撃は強いが守備が粗い」「酷暑には強いが寒さに弱い」と評された沖縄勢は、徹底した守備の洗練と走塁技術の向上によって、全国を制覇する強豪へと変貌を遂げた。