メディアで確固たる地位を築いた後、1992年に日本新党から参議院議員選挙に出馬し初当選。ここから政治・行政の旋風へと身を投じる。日本新党の解党後も、新進党、自由党、保守党と激動の政界再編を泳ぎ切り、やがて自由民主党へと合流した。
小泉内閣での環境大臣就任時には「クールビズ」キャンペーンを大成功させ、メディア戦略と政策推進の巧みさを証明。さらに女性初となる防衛大臣を務めるなど、自民党内でも屈指の政治的発言力を手に入れていった。卓越したセルフプロデュース能力と時代の風を読む嗅覚が、政界での生き残りを支えたと言える。