名古屋「文化のみち」再脚光の真相|近代遺産と川上貞奴の足跡を歩く

名古屋「文化のみち」再脚光の真相|近代遺産と川上貞奴の足跡を歩く

名古屋「文化のみち」再脚光の真相|近代遺産と川上貞奴の足跡を歩くにまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

この地域を深く読み解く上で欠かせないのが、名古屋市東区主税町(ちからまち)という舞台装置と、そこに生きた人物たちの精神性です。かつて徳川義直の入府に伴い中・下級武士の屋敷地として割り当てられたこの地は、明治維新を経て荒廃の危機に瀕しました。その土地を買い取り、新たな息吹を吹き込んだのが、中部地方の繊維産業や陶磁器輸出を背負って立った新興の産業エリートたちでした。

なかでも象徴的な存在が、「日本の女優第1号」として欧米を熱狂させた川上貞奴と、「電力王」と称された福沢桃介です。当時の社会通念において、自立した女性が自らの意志で人生を切り拓くことには凄まじい逆風が存在しました。貞奴は舞台を引退した後、桃介が木曽川の水力発電事業に挑む拠点の名古屋において、共同生活を送るための邸宅を主税町に構えます。それが現在の文化のみち二葉館(復元移築)です。

貞奴が残した自著や手記の記録を紐解くと、「芸道に生きるも実業を助けるも、自らの良心と責任において立つ」という強い自負が随所に現れています。邸内の大広間には、当時の政財界の要人や文化人が頻繁に出入りし、日本の将来を巡る議論が昼夜を問わず交わされていました。ステンドグラスを通した柔らかな光が差し込む洋間と、茶の湯を重んじた静謐な和室がひとつの屋根の下で結ばれている構造は、西洋の先進技術を取り入れつつも日本の精神性を失わないとする、当時のパイオニアたちの葛藤と矜持を物語っています。

また、近接する旧豊田佐助邸に足を運ぶと、そこには派手さを排した機能的な美学が存在します。佐吉を支え、豊田自動織機をはじめとする製造業の基盤を固めた佐助の暮らしぶりからは、尾張気質に根ざした「堅実さと進取の気風」が感じ取れます。このように、主税町から橦木町にかけての小径を歩く行為は、日本の近代化がどのような思想的支柱と人間関係の上に成立していたのかを検証するフィールドワークそのものです。

山本 拓海
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山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。