名門のカンテラ(育成組織)であるラ・マシア出身でありながら、彼の歩んできた道のりは決してエリート街道ばかりではない。十代半ばの頃はフィジカルの成長が遅れ、同期たちが脚光を浴びる傍らでベンチを温める日々も多かった。
転機となったのは、3部リーグのリナレス・デポルティーボへのレンタル移籍だ。洗練されたパスサッカーとは程遠い、肉弾戦が飛び交う泥臭いプロサッカーの現場。そこで彼は激しいコンタクトに屈しないタフネスと、プレッシャー下で瞬時に判断を下す度胸を磨き上げた。12ゴールを挙げる大活躍を見せ、ひと回りたくましくなってバルセロナへ帰還した姿は、まさに下剋上を体現していた。