大原麗子さんと渡瀬恒彦さんの出会いは、1960年代末期の東映時代にさかのぼります。ヤクザ映画やアクション作品で頭角を現していた渡瀬さんと、可憐な美貌で看板女優への階段を駆け上がっていた大原さん。2人は撮影現場で意気投合し、数年間の交際を経て1973年9月に結婚しました。
当時の報道や関係者の回想録によると、2人の仲睦まじさは誰もが羨むほどだったと伝えられています。しかし、結婚生活は平坦ではありませんでした。
最大の転機となったのは、結婚初期に起きた子宮外妊娠の悲劇です。大原さんは激痛で倒れ、緊急手術により子供を諦めざるを得ない事態に直面しました。この出来事は彼女の心身に深い傷を残し、「母親になれなかった」という喪失感は、その後の人生観を大きく揺さぶることになります。
さらに、役者として脂が乗り切っていた2人は、互いに仕事への妥協を許さないプロフェッショナルでした。大原さんが映画やドラマで主役級のオファーを次々と受ける一方、渡瀬さんも過酷なロケに明け暮れる日々。互いを深く愛しながらも、「役者としてのプライド」と「夫婦としての時間」のバランスを保てなくなり、1978年2月、約4年半の婚姻関係に終止符を打ちました。
しかし、離婚後も2人の絆は途絶えませんでした。大原さんは自著や後年のインタビューで「恒彦さんが一番の理解者」と語り、渡瀬さんもまた大原さんの病気療養中や晩年に至るまで、影から支え続けました。ファンの間で長年「復縁の噂」が絶えなかったのも、2人の間に流れる特別な空気があったからに他なりません。