都城高校に入学した当初、山本は内野手としてもプレーしていましたが、1年秋から本格的に投手へ専念します。地道な柔軟運動や基礎トレーニングを重ねた結果、投球スピードは目覚ましい進化を遂げました。高校2年春には球速147km/hを叩き出し、九州屈指の好投手としてスカウト陣の注目を集め始めます。
その名を一躍全国のドラフト戦線に知らしめたのが、高校2年の秋季九州大会です。初戦の九州産業大学付属九州高校戦で、山本は圧巻のノーヒットノーラン(無安打無得点試合)を達成。打者27人に対して許した走者はわずか四死球の2人のみという、ほぼ完璧な内容で強豪をねじ伏せました。
翌年、3年春の県大会では自己最速を更新する151km/hを計測。同世代の梅野雄吾(九産大九産)、太田龍(れいめい)、濱地真澄(福岡大大濠)とともに「九州四天王」と称され、高校生右腕のトップランナーへと名乗りを上げました。