江口寿史氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、漫画史に金字塔を打ち立てた代表作の数々です。1977年に『週刊少年ジャンプ』で連載を開始した『すすめ!!パイレーツ』は、実在のプロ野球球団や当時の大衆文化をパロディ化した斬新なナンセンスギャグで爆発的な人気を博しました。
そして1981年、漫画界に決定的な衝撃を与えたのが『ストップ!! ひばりくん!』です。美少女にしか見えない主人公・大空ひばりが実は男の子であるという設定は、ジェンダー観の多様性が叫ばれる現代から実に40年以上も先行していた先駆的な試みでした。可愛らしさを徹底的に追求した作画クオリティは、当時の少年漫画の基準を根底から覆すものだったと当時の編集関係者も証言しています。
しかし、その妥協なき美の追求は過酷な締め切りとの戦いを生み出しました。制作のプレッシャーから逃避したくなる心理を擬人化した名物キャラクター「白いワニ」は、江口氏が原稿を落とす際の代名詞として読者の間でも広く認知されることになります。連載当時は未完のまま中断を余儀なくされたものの、2010年に刊行された『ストップ!! ひばりくん! コンプリート・エディション』において実に27年越しで最終話を描き下ろし、作品を完結させたエピソードはファンの間で伝説として語り継がれています。