時計の針を巻き戻すと、手越祐也が番組を去る契機となったのは2026年5月に報じられた緊急事態宣言下での外出報道でした。世間全体が極度の緊張と自粛を強いられていた時期であり、大手芸能事務所に所属するトップアイドルとしての行動規範が厳しく問われました。
当時、旧ジャニーズ事務所は無期限の芸能活動自粛処分を発表。その後、同年6月19日付で専属契約が合意解除となり、所属グループであったNEWSからの脱退と事務所からの独立が電撃発表されました。手越自身が直後に開いた単独記者会見では、長年にわたり構想していた「自分自身の表現を世界に広げたい」「社会貢献活動やビジネスへ挑戦したい」という自立心が背景にあったことが明かされています。
しかし、契約解除と同時に長年レギュラーを務めた『イッテQ』の席も失うことになりました。降板の直接的なトリガーはコンプライアンス上の処分でしたが、その根底には「従来の男性アイドル像」と「個人の自由な表現欲求」との間で生じた不可逆的な摩擦が存在していました。テレビ局側としても、当時の世論感情と事務所との関係性を考慮した結果、苦渋の決断として出演見合わせ・事実上の降板を選択せざるを得なかったのが偽らざる実態です。