わんわん お ーという独特のフレーズに触れた瞬間、受け手の脳裏にはまったく異なる情景が広がる。毎朝のテレビ画面で手足を元気に動かす巨大な緑の犬か。あるいは、ゼロ年代の巨大掲示板で画面を埋め尽くした愛嬌あるアスキーアートか。はたまた、色とりどりのサイリウムが波打つライブ会場で響き渡る声優ファンの熱狂的なコールか。世代や親しんできたカルチャーによって、この言葉が喚起する景色はあまりにも対照的だ。
単なる幼児向けのオノマトペにとどまらず、メディア変遷の荒波を生き抜く強力なアイコンとして、いまわんわん お ーは多層的な熱狂を巻き起こしている。日本放送協会(NHK)が培ってきた教育テレビの哲学から、深夜のネット空間で醸成されたサブカルチャー、そしてデジタル配信網が再編するエンターテインメントの最前線まで、その背後には驚くほど濃密な文脈が折り重なっている。
NHKの伝説的長寿番組『いないいないばあっ!』とチョーが吹き込んだ魂
幼児向けコンテンツの金字塔として君臨する子ども向け教育番組『いないいないばあっ!』。その中心に立つ「ワンワン」という存在なしに、この言葉の歴史は語れない。着ぐるみの内部に入りながら同時に生で声をあてるという、極めて過酷かつ超人的なパフォーマンスを30年近く継続してきたのが、俳優・声優として名高いチョーである。
現場の即興性を重んじる彼のプレイスタイルは、番組制作を手がけるNHKエデュケーショナルのスタッフ陣の間でも伝説として語り継がれている。台本に書かれたセリフをただなぞるのではない。収録現場で共演する幼い子どもたちのリアルな反応を拾い上げ、時には計算されたアドリブでスタジオを沸かせる。その身体性と熟練の話術が融合した瞬間、造形物に過ぎないキャラクターへ本物の命が宿る。
「わんだーらんど」から動画配信へ、NHKプラスやNetflixが変えた視聴様態
スタジオを飛び出した熱量は、全国を巡回する大型ステージ『ワンワンわんだーらんど』を通じて直接ファミリー層へと届けられてきた。チケットの即完売が日常化するこの人気公演は、親子二世代を巻き込む巨大なライブエンターテインメントとして確固たる地位を築いている。
だが、視聴環境の変化はテレビ放送業界全体に大きな地殻変動をもたらした。地上波のタイムシフト視聴を支えるNHKプラスや、膨大な過去アーカイブを網羅するNHKオンデマンドの普及により、番組の接点はリビングの受像機からスマートフォンやタブレットへと急速に分散している。さらに近年では、Netflixをはじめとする国際的な動画配信プラットフォームによるキッズコンテンツの強化が進み、日本の卓越した着ぐるみ操演技術や教育メソッドが海を越えて再評価されるケースも珍しくない。