今や全国で親しまれている「高糖度フルーツトマト」ですが、その原点が高知県高知市一宮(いっく)の徳谷地区にある事実は広く知られています。徳谷トマトの誕生は、狙って作られたものではなく、自然の猛威がもたらした偶然の産物でした。
時計の針を1970年(昭和45年)に戻すと、当時高知県を襲った台風10号によって堤防が決壊し、徳谷地区一帯の農地に海水が流れ込む甚大な塩害が発生しました。塩分が残留した土壌では通常の作物が育たず、多くの農家が絶望の淵に立たされます。しかし、この過酷な環境下で生き残ったトマトの樹が、水分を極限まで吸い上げられないストレスに耐え抜く中で、果実の中に糖分やアミノ酸、有機酸を爆発的に蓄積させました。
収穫されたその実は、小ぶりでありながら信じられないほどの甘みと濃厚なコクを放っていました。ピンチをチャンスへと転換した農家たちの情熱と技術の研鑽により、塩害地ならではの土壌特性を活かした「極上のフルーツトマト」が確立されたのです。