精子提供の現場で起きている構造変化として見逃せないのが、依頼者の属性の急速な多様化だ。従来のAIDは「無精子症などの法律婚夫婦」のみを対象としてきた。日本産科婦人科学会(日産婦)の見解も長年この方針を踏襲している。
だが今、自立した経済力を持ち、結婚という制度に囚われずに子どもを産み育てることを決意した「選択的シングルマザー(SMC: Single Mothers by Choice)」や、女性同士の同性カップルからの需要が急膨張している。彼女たちは、自らの身体で命を育てる意思と覚悟を持ちながらも、国内の正規医療機関の門前でことごとく拒絶されているのが現状だ。
「法的な夫がいない」という理由だけで公的な不妊治療から排除された結果、彼女たちに残された選択肢は、極めて高額な海外バンクを取り扱う一部の自由診療クリニックにすがるか、SNSでドナーを探すかの二者択一になる。ある当事者の女性は取材に対し、次のように胸中を吐露した。
「結婚しないと親になる権利すら認められないのでしょうか。危険だと頭では分かっていても、タイムリミットが迫る中でSNSのメッセージに返信してしまう人の気持ちを、誰が責められるというのでしょうか」
医療ガイドラインが家族形態の多様性に追いついていないという制度的な排除が、皮肉にも女性たちを個人間取引の危険地帯へと追いやる推進力となってしまっている。