起源は大化の改新(645年)前後にまで遡る。田植えの労をねぎらい、豊作を祈願した田楽・郷土芸能の原型がここにある。
竹を打ち鳴らす「こきりこ竹」と、優美にうねるささらの舞。哀愁を帯びた旋律は、平安時代から室町時代にかけて都で流行した田楽躍りの名残を色濃く残している。都の流行が山深き秘境へと逃れた平家の落人たちによって持ち込まれ、外界から遮断された険阻な渓谷で奇跡的に純粋な形のまま保存された。日本古代民謡の生きた化石と呼ばれる所以がここにある。
「マドのサンサはデデレコデン、ハレのサンサもデデレコデン」。口ずさまれる囃子言葉の意味には諸説あるが、農作業の律動そのものを言語化したものとも言われる。意味を超えて響く音の連鎖。それは労働の苦しみを歓喜へと変える、先人たちの魂の叫びであった。