駒大苫小牧の名を全国に知らしめたのは2004年夏の初優勝だったが、田中が主役としてマウンドに君臨したのは翌2005年の夏だ。2年生ながら背番号11を背負い、要所での救援や先発としてマウンドに上がり続けた。
決勝の京都外大西戦、最後の打者を三振に打ち取った瞬間に見せた右手拳を突き上げるポーズ。駒大苫小牧は57年ぶりとなる夏連覇を達成した。当時、「北のチームは甲子園で勝てない」という長年のジンクスは完全に瓦解した。ギアが上がったときの田中の凄まじい威圧感は、すでに高校生の枠組みを遥かに超えていた。
駒大苫小牧の名を全国に知らしめたのは2004年夏の初優勝だったが、田中が主役としてマウンドに君臨したのは翌2005年の夏だ。2年生ながら背番号11を背負い、要所での救援や先発としてマウンドに上がり続けた。
決勝の京都外大西戦、最後の打者を三振に打ち取った瞬間に見せた右手拳を突き上げるポーズ。駒大苫小牧は57年ぶりとなる夏連覇を達成した。当時、「北のチームは甲子園で勝てない」という長年のジンクスは完全に瓦解した。ギアが上がったときの田中の凄まじい威圧感は、すでに高校生の枠組みを遥かに超えていた。