ジジキンのキャリアを語る上で欠かせないのが、世界最高峰のエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」での輝かしい実績です。
兵役終了後の1980年代後半、名門モスクワ国立サーカスに入団したジジキンは、アクロバットとエアリアル(空中演技)のスペシャリストとして頭角を現しました。1989年のアメリカツアー中に現地のエンターテインメント業界からスカウトを受け、拠点をラスベガスへ移籍。その後、シルク・ドゥ・ソレイユの歴史的傑作舞台『Mystère(ミステール)』において、極限の筋力とバランスを要求されるメインパフォーマーに抜擢されました。
当時の海外演劇特番のインタビューにおいて、ジジキンは次のように述懐しています。
「命綱なしで数十メートルの高空を舞うサーカスの舞台では、わずか1ミリの重心のズレが致命傷になる。あの極限の集中力と恐怖のコントロール術こそが、後の映画撮影現場でスタントなしの過激な格闘アクションを成立させる土台となった」
鍛え上げられた柔軟な空中感覚と191cmの巨躯というコントラストは、ラスベガスのショービジネス界で話題を呼び、やがて映画監督クリント・イーストウッドの目に留まることとなります。2002年のサスペンス映画『ブラッド・ワーク』でミハイル・ボロトフ役に抜擢されたことで、本格的なハリウッド映画界への扉が開かれました。