伝説のティーン誌『Popteen』の看板モデルとして一世を風靡した時代、彼女が着用した服や小物は瞬く間に店頭から姿を消した。経済効果は100億円超。だが、彼女の真価はそこからの脱皮にあった。
ブームはいつか去る。消費されるアイコンで終わるつもりは毛頭なかった。モデルとして培った「見せ方」の知見を、プロダクトの「機能性」へと昇華させる。その決断が、日本のコスメティック産業におけるプロデュースビジネスの雛形を作り上げることになる。
直感を論理で裏打ちする開発スタイルは、当時の業界関係者を驚愕させた。流行の渦中にいながら、常に一歩引いた視点で市場の構造的欠落を見抜いていたのである。