アルゴリズムが支配する現在のタイムラインにおいて、なぜこれほどまでに馬のユニークな表情がエンゲージメントを稼ぎ出すのか。
生成AIがあらゆる「完璧な美形」を数秒で生み出せる時代になった。歪みのない骨格、計算し尽くされた光の陰影、非の打ち所がないコンテンツに、人々は静かに満腹し、疲弊している。そうした情報過多のなかで突如として目に飛び込んでくる、馬たちの計算ゼロの奇怪な表情。それは作為の対極にある、完全なる偶発のドラマだ。
加工も意図も通用しない本物の生命がみせる、無防備な崩壊。デジタルノイズに晒され続けた脳に、その混じり気のない生々しさが強烈な清涼剤として染み渡る。