歴史教科書における徳川綱吉の扱いは、この数十年で劇的なパラダイムシフトを遂げました。かつて「暗君・暴君」と断じられていた綱吉は、現在では「平和と学問を尊び、法による秩序を確立した名君」として正当に評価されています。
綱吉の治世(元禄時代)は、近松門左衛門や井原西鶴、松尾芭蕉らが活躍した町人文化の黄金期でした。湯島聖堂を建立して学問を奨励し、勘定奉行・荻原重秀を登用して貨幣改鋳による財政再建を試みるなど、幕政全般にわたって意欲的な改革を実行しています。
生類憐れみの令によって、それまで日常的だった「辻斬り」や「人命軽視の風潮」は完全に根絶されました。動物や弱者に配慮するモラルが日本人の国民性として根付いた背景には、綱吉が断行した強烈な社会改革の土台があったといえます。