『天城越え』が持つリアリティと文学的重厚さは、実在する伊豆の名所が巧みに織り込まれている点に起因します。歌詞中に登場するスポットは、そのまま主人公の心情変化を映し出す舞台装置として機能しています。
【浄蓮の滝(じょうれんのたき)】
「寝乱れて 隠れ宿 九十九(つづら)折り 浄蓮の滝」。伊豆を代表する名瀑であり、激しく水煙を上げて岩肌を穿つ瀑布の姿は、主人公の胸の内で煮え滾る激しい情念そのものを視覚化しています。
【寒天橋(かんてんばし)】
「舞い上がり 揺れ堕ちる 肩のむこうに あなた…山が燃える」。狩野川の上流に架かる寒天橋は、かつて寒天の製造が行われていた山深い寒村に位置します。冷え冷えとした空気感と、それとは対照的に紅葉や夕陽で真っ赤に染まる山の対比(「山が燃える」)が、女性の内に秘めた情熱の爆発を鮮やかに描き出します。
【天城隧道(旧天城トンネル)】
現世と来世、日常と非日常を分かつ象徴的なトンネル。川端康成の『伊豆の踊子』や松本清張の小説でも知られるこの暗く湿った隧道を抜ける行為こそが、後戻りのできない「天城越え」のクライマックスを決定づけています。