高円宮家の歴史は、1984年(昭和59年)12月6日、昭和天皇の甥にあたる高円宮憲仁親王と久子さまがご結婚されたことから始まります。お二人の出会いは、久子さまの類いまれな国際的実務能力が引き寄せた必然的な巡り合わせでした。
ケンブリッジ大学を卒業後、日本へ帰国して国際会議の通訳や文化交流の現場で活躍していた久子さまは、中東文化や歴史に造詣の深かった三笠宮崇仁親王(憲仁親王の父)の通訳兼助手を務めることになります。その執務の現場で憲仁親王と出会い、わずか数ヶ月の交際を経て婚約へと至りました。記者会見で見せた憲仁親王のユーモアと、久子さまの知的で洗練された笑顔は、当時の国民に新鮮な親しみやすさを与えました。
お二人の間には、以下の3人の女王方が誕生し、高円宮家は温かく賑やかな家庭を築いていきます。
- 長女:承子女王(つぐこじょおう)殿下(1986年3月8日生まれ)
- 次女:典子女王(のりこじょおう)殿下(1988年7月22日生まれ / 現・千家典子さん)
- 三女:絢子女王(あやこじょおう)殿下(1990年9月15日生まれ / 現・守谷絢子さん)
しかし、2002年(平成14年)11月21日、予期せぬ悲劇が宮家を襲います。憲仁親王がカナダ大使館内でのスカッシュ練習中に心室細動による急性心不全を発症し、47歳の若さで薨去されたのです。皇室全体が深い悲嘆に包まれるなか、久子さまは毅然とした態度で喪主を務め上げ、その後は自らが高円宮家の当主として、宮家と幼い3人の娘たちを支え続ける覚悟を固められました。