羽生が嫌われる最大の要因として挙げられるのが、その徹底した「自己プロデュース力」に対する反発だ。カナダのクリケット・クラブで名将ブライアン・オーサーに師事していた時代から、彼は自身の感情やスケート哲学をドラマチックな言葉で語り続けてきた。この「一切の隙を見せないナルシシズム」が、ある種の人々には生理的な嫌悪感を抱かせる。
泥臭さや武骨さを美徳とする従来の日本スポーツ界において、詩的で求道的な語り口は異端そのものだった。国際スケート連盟(ISU)の厳格な採点基準と戦いながら、自らの芸術性を言語化し続けた彼の姿勢は、アンチから「芝居がかりすぎている」「嘘くさい」と切り捨てられる格好の標的となったのである。