菩提遷那は大仏開眼後も日本に留まり、大安寺(奈良市)を拠点に弟子の育成に励んだ。彼が伝えたサンスクリット語(梵字)の基礎は、日本語の五十音図の成立にも深い影響を与えたとされている。760年に彼が示寂した際、弟子の修栄は「天竺から来て、日本の土となった」とその遺徳を深く悼んだ。
奈良の地に眠るこの天竺僧の足跡は、遠い過去の美談にとどまらない。言葉も文化も異なる異邦人を最高位の導師として迎え入れ、その知を貪欲に吸収した古代日本の姿は、グローバル化と多文化共生が問われる現代において、極めて示唆に富む歴史の真実を語りかけている。 (出典: bodhi sena(Yahoo!ニュース))
詳細を見る詳細を見る詳細を見る