警視庁による事情聴取と鑑定留置を経て、猿之助は両親に対する自殺幇助の罪で起訴されました。2026年10月20日に東京地裁で開かれた初公判では、起訴内容を全面的に認め、検察側の懲役3年求刑に対し、弁護側は執行猶予付き判決を求めました。
2026年11月17日の判決公判において、東京地方裁判所は懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。裁判長は量刑の理由として、両親が自らの意思で死を受け入れた側面や被告人自身の深い反省、前科がない点、そして社会的制裁を既に受けている点などを考慮したと述べています。検察・弁護側ともに控訴せず、この判決は確定しました。
法廷証拠として注目を集めたのが、自宅から発見された市川猿之助の遺書の内容です。スケッチブックや便箋には、舞台関係者であり付き人を務めていた親しい知人男性「M」宛てに「愛するM、次の世で会おう」「財産はすべてMに相続させる」といった主旨のメッセージが書き残されていました。極限状態に追い込まれたなかで、自身の社会的地位の失墜と周囲への迷惑を悲観し、死を選ぼうとした心理状態が克明に記録されています。