「油断」という言葉の語源には諸説ありますが、最も広く知られているのが仏教の修行にまつわる2つのエピソードです。
1つ目は、滋賀県大津市の比叡山延暦寺・根本中堂に伝わる「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」に由来する説です。開祖・最澄の時代から1200年以上灯り続けているこの火は、毎日朝夕に僧侶が菜種油を欠かさず注ぎ足すことで維持されています。もし油の補充を怠れば、神聖な法灯は消えてしまいます。「油を断つ=取り返しのつかない大失態」という厳格な規律から、注意を怠ることを「油断」と呼ぶようになったと伝えられています。
2つ目は、古代インドの仏教経典『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』に記された説話です。ある王が家臣に対し「鉢になみなみと油を満たして持ち、城内を一周せよ。もし油を一滴でもこぼしたら即座に首をはねる」と命じ、抜刀した兵士を背後につけました。家臣は死の恐怖と隣り合わせの中、極限の集中力で油を一滴もこぼさずに歩ききったとされます。この故事から、「油を断つ(こぼす)ことは命を落とすこと」という意味で油断の語源になったという説です。
なお、言語学的なアプローチでは、古語で「くつろぐ」「ゆったり構える」を意味する「ゆたに(寛に)」が音変化して「ゆだん」となり、後世に「油断」の漢字が当てられたとする見解もあります。いずれの説であっても、「気を抜けば命取りになる」という緊張感が根底に流れています。