1989年に単行本が刊行され、1995年に中公文庫化された本作が、発表から数十年を経て再びベストセラーランキング上位を席巻した背景には、明確な構造変化が存在します。最大の起爆剤となったのは、書籍紹介クリエイター・けんご氏によるTikTok動画の投稿でした。「言葉が消えるごとに、世界からも物が消える」という明快かつ強烈なハイコンセプトが、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する若年層の知的好奇心を直撃したのです。
中央公論新社の公表データや文庫流通実績によると、SNSでの拡散直後から全国の書店で在庫切れが相次ぎ、異例の10万部超の緊急大増刷が決定。その後も単なる一過性のバズに終わることなく、年間を通じて重版を重ねるロングセラーとして定着しました。
デジタル空間における情報の氾濫に晒される現代の読者にとって、「使える言葉が制限される不自由さ」「文字が消えることで世界が静寂に包まれていく恐怖」という極限の設定は、新感覚の知的サバイバルサスペンスとして受容されています。スマートフォンで短文や記号的なコミュニケーションに慣れ親しんだ世代ほど、筒井康隆が仕掛けた圧倒的な日本語の技巧と筆力に強烈なカルチャーショックを受けています。