日本の国旗における「白地に赤丸」という意匠の起源は、古代日本人の素朴な太陽信仰に端を発します。天照大御神(アマテラスオオミカミ)を皇祖神と仰ぎ、東から昇る太陽を神聖視する文化基盤のなかで、太陽を模した文様は早くから権威の象徴として用いられてきました。『続日本紀』には、文武天皇の大宝元年(701年)の朝賀の儀において、太陽を描いた「日像(にちぞう)の幡(ばん)」が掲げ出された記録が残されています。
意匠が大きく定着する契機となったのは、平安時代末期の源平合戦です。当時の平氏は「赤地金日(赤地に金の丸)」の旗を掲げて朝敵討伐の大義名分を誇示していました。これに対し、源氏は平氏に対抗するため「白地赤日(白地に赤い丸)」の旗を軍旗として翻します。壇ノ浦の戦いで源氏が勝利を収め、鎌倉幕府を開いたことで、武家社会において「白地に赤の日の丸」は天下統一と正統性を象徴するシンボルとして受け継がれていきました。
色彩の持つ文化的意味についても、日本固有の美意識が強く反映されています。古来より、白色は清浄・神聖・純無垢を表し、赤色(紅色)は博愛・情熱・生命力・真実を象徴すると解釈されてきました。単なる幾何学模様ではなく、天地の調和と誠実な精神性を表現する色彩構造が、数百年の歳月をかけて日本人の精神的共通認識となっていったのです。