江戸幕府の黄昏期、池田家は最大のアイデンティティクライシスに直面する。徳川の姻戚でありながら、外様大名としての性格を併せ持つ特異な出自が、彼らに重い選択を突きつけた。
国立公文書館デジタルアーカイブの一次資料を精査すると、鳥羽・伏見の戦い前後に岡山藩と鳥取藩が交わした生々しい密書が残されている。幕府軍に付くか、新政府軍に恭順するか。岡山藩では慶応4年に発生した神戸事件への対処など外交的難局に直面しながらも、最終的に新政府側へ舵を切る。鳥取藩もまた尊皇派の藩士が主導権を握り、戊辰戦争では官軍の先鋒を務めた。徳川への義理と領民の存続、その狭間で下された決断の軌跡は、武士道の理想論では片付けられないリアリズムに満ちている。