2026年1月1日午後5時、日本中が新年を迎えた元日の夕刻、福本清三さんは京都市内の自宅で家族に看取られながら旅立ちました。享年77。松初めのめでたい日に届いた突然の訃報は、映画関係者のみならず、長年お茶の間で時代劇に親しんできた全国のファンに深い衝撃を与えました。
東映京都撮影所が発表した公式リリースによると、死因は肺がんでした。晩年は体調不良を抱えながらも、映画への愛情と職人気質を失わず、入退院を繰り返すなかでも周囲に弱音を吐くことは一切なかったといいます。取材に応じた現場スタッフの証言によれば、私生活でも極めて控えめで礼儀正しかった福本さんは、病魔に冒されてなお「現場に迷惑をかけたくない」というプロ意識を貫き通していました。
2026年現在、福本清三さんの遺した功績は風化するどころか、国内外の映像アーカイブや配信プラットフォームの普及によって新たな脚光を浴びています。太秦のオープンセットや京都の映画人たちの間では、彼が確立した「斬られ役の身体美学」が今も無形の伝統工芸のように若手スタントやアクション俳優たちへと継承されています。