鈴木誠也のキャリアを振り返ると、その年俸推移はまさに努力と進化の歴史そのものである。2012年のドラフト2位で広島東洋カープに入団した際の推定年俸はわずか600万円。背番号51を与えられた高卒ルーキーは、圧倒的な練習量と類稀なるセンスで瞬く間に才能を開花させた。
カープの主砲へと成長を遂げた彼は、首位打者や最高出塁率のタイトルを次々と獲得し、NPB最終年となったシーズンには年俸3億1000万円にまで登り詰めた。そして、球団の容認のもとポスティングシステムを行使。広島東洋カープには1462万5000ドル(約17億5000万円)という莫大な譲渡金(ポスティング費)がもたらされ、日米双方の球団にとって実り多き歴史的移籍が結実したのだ。