749年、大和の都は歓喜に包まれた。奈良の大仏建立を進めていた聖武天皇は、塗金に必要な金が圧倒的に不足し、頭を抱えていたという。そこへ突如として届いたのが、遠く離れたみちのくの地からの金産出の報せだった。大仏の完成を諦めかけていた天皇の喜びは察するに余りある。改元まで行われたほどのこの歴史的快挙によって、宮城県の北東部に位置するこの地は一躍、国家の運命を左右する重要拠点となった。
この日本初の産金地に関する貴重な記録や出土品は、黄金迫資料館などで現在も大切に保存・展示されている。館内に足を踏み入れると、当時の人々が砂金を採取した道具や、発掘された砂金の輝きを間近に観察できる。ただ歴史を眺めるだけでなく、先人たちがどのような想いで泥にまみれ、黄金をすくい上げたのかという生き生きとした吐息まで伝わってくるようだ。