勝新太郎の映画人生における最大の分岐点の一つが、1979年に勃発した映画『影武者』の降板劇です。“世界のクロサワ”こと黒澤明監督がメガホンを取り、国内外から熱い注目を集めていた大作映画で、勝新太郎は武田信玄とその影武者の二役という大役に抜擢されていました。
しかし、撮影開始直後に両者は決定的な衝突を起こします。事の発端は、リハーサル現場に勝新が私設のビデオカメラを持ち込み、「自分の芝居を客観的にチェックしたい」と申し出たことでした。現場の完全なる独裁者として君臨していた黒澤監督にとって、監督席以外の視点が存在することは到底受け入れがたい行為でした。
黒澤監督は「現場に監督は2人いらない」と激怒し、勝新太郎もまた「自分自身の感性を殺してまで操り人形にはなれない」と一歩も引きませんでした。結果として勝新太郎は電撃降板となり、代役を務めた仲代達矢の熱演によって映画はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞します。映画史に残る天才表現者同士の意地のぶつかり合いは、勝新太郎が商業的な成功よりも「自身の演技哲学」に殉じた象徴的な出来事として記憶されています。