世間を驚かせた電撃入籍から、わずか3ヶ月後の2012年8月末、二人の婚姻関係は人知れずピリオドを打っていました。この離婚の事実が公にされたのは、成立から約9ヶ月が経過した2013年5月、山本氏が参議院議員選挙への出馬を表明した記者会見の場でした。
出馬会見において山本氏は、「昨年8月末に離婚が成立していました。彼女やその家族を巻き込んでしまった責任はすべて自分にある」と沈痛な面持ちで語り、スピード離婚の決定的な背景を告白しました。破綻の直接的な引き金となったのは、山本氏の激しい政治活動に伴う私生活の崩壊と深刻なバッシングです。
当時、反原発デモの旗振り役として連日メディアを賑わせていた山本氏の身辺には、激しい抗議電話や脅迫めいた手紙が殺到していました。自宅の特定や街頭での付きまといが発生し、当時まだ19歳だった元妻・割鞘朱璃氏の精神的負担は限界を超えていました。さらに、事態を重く見た元妻の母親(義母)との間にも深刻な軋轢が生じ、家族関係は急速に悪化していきました。
山本氏は当時を振り返り、生活費を工面しながら妻を海外や安全な遠隔地へ避難させる「別居生活」を試みたものの、すれ違いと孤立感は埋まらなかったと吐露しています。「自分の信念に従って突き進む活動に、まだ若い妻とその親族を道連れにしてしまった」という痛切な自責の念が、早期の婚姻解消という決断に至った最大の動因でした。