アメリカとイランの関係は、最初から険悪だったわけではありません。1970年代まで、イランのパレビ王朝は親米路線の代表格であり、アメリカ製兵器を大量に購入する最大の盟友でした。潮目が完全に変わったのは、1979年のイラン・イスラム革命です。イスラム法学者ホメイニ師を中心とする革命勢力は「アメリカは世界最大の悪魔」と断じ、親米独裁政権を打倒しました。
革命直後に起きたテヘラン米大使館人質立てこもり事件(444日間にわたり米外交官らが拘束)を機に両国は国交を断絶。アメリカによる長期の経済制裁が始まりました。その後、2000年代に入るとイランの秘密ウラン濃縮施設が露呈し、核兵器開発疑惑が国際社会の焦点へ浮上します。
オバマ政権下の2015年、制裁解除と引き換えに核開発を大幅に制限する「イラン核合意(JCPOA)」が結ばれ、一時的な融和の兆しを見せました。しかし、2018年にトランプ政権が「合意内容が不十分であり、弾道ミサイル開発や代理勢力支援を規制できていない」と主張して核合意から一方的に離脱。厳しい制裁を再開したことで両国の関係は修復不可能な対立へと逆戻りしました。