桜井日奈子が水着の初解禁に踏み切った最大の契機は、2014年の「岡山美少女・美人コンテスト」でのグランプリ受賞から数えて丸10年という大きな節目を迎えた点にあります。過去にリリースされたカレンダーや写真集、たとえばみずみずしい少女の輝きを捉えた初期作品群と比べても、記念写真集『鴇色(ときいろ)』(東京ニュース通信社)における表現の踏み込み方は別次元のものでした。
情報解禁時の公式コメントやメディアインタビューにおいて、本人は「これまではどこか守られていた部分があったけれど、10周年というタイミングで、ありのままの自分と本気で向き合いたかった」という趣旨の告白を残しています。かつて世間から貼られた「岡山の奇跡」という強烈なレッテルは、知名度を一気に押し上げた一方で、無垢で純真な少女像を演じ続けなければならない見えないプレッシャーでもありました。
20代後半という大人の女性へシフトするにあたり、事務所から提示された企画をただ受け入れるのではなく、自らの発案と合意のもとで「人生初の水着・ランジェリー撮影」を選択。これまでの歩みを肯定しつつ、これからの10年を表現者として生き抜くための「脱皮の儀式」こそが、初解禁を決断させた最大の原動力でした。