鮎川義介は妻・美代との間に、長男の鮎川弥一、次男の金次郎、長女の春子らをもうけました。義介が遺したフロンティア精神と事業創造の資質は、直系の子孫たちへと受け継がれていきます。
長男・鮎川弥一:日本のベンチャーキャピタルの先駆者
長男の鮎川弥一(1915年〜1981年)は、慶應義塾大学を卒業後、日産農林工業の社長などを歴任。しかし彼の最大の功績は、1970年代の日本においていち早く米国流のベンチャーキャピタル事業を導入した点にあります。「テクノベンチャー株式会社」を設立し、独自の技術を持つスタートアップ企業の発掘と資金供給を推進しました。弥一の妻・春子もまた、元日本銀行総裁・大蔵大臣を務めた結城豊太郎の令嬢であり、名門同士の結びつきを堅持しました。
孫・鮎川純太:国際的投資家としての歩みと現在の姿
弥一の長男として生まれたのが、義介の孫にあたる鮎川純太(1960年生まれ)です。成蹊大学法学部を卒業後、父の急逝に伴って若くしてテクノベンチャーの代表取締役に就任。日産創業家のプリンスとして、昭和末期から平成にかけてメディアの注目を一身に集めました。
鮎川純太は、米国の名門ビジネススクールで培った国際感覚を武器に、グローバルなプライベートエクイティ投資やスタートアップ支援を展開。私生活では華麗な社交界の主役として知られ、女優・杉本彩との熱愛報道や、元国連特使・キャサリン・クラフト氏との国際結婚・離婚劇など、セレブリティとしても大きく報じられました。
2026年代から2026年現在にかけて、鮎川純太はメディアの表舞台から一線を画し、自身が統括するファミリーオフィスや投資ファンドを通じて、次世代テクノロジー、脱炭素エネルギー、医療バイオ分野への戦略的投資に注力しています。祖父・義介が掲げた「技術立国と産業育成」の思想は、時代に合わせてデジタル・先端イノベーション領域へとアップデートされ、脈々と息づいています。