街中で「この店、本当にやばい!」という声を聞いたとき、多くの人は美味しさや雰囲気の良さを想像するはずだ。しかし、この言葉の歴史の起点は、今とは比較にならないほど泥臭く、そして殺伐とした世界にあった。
起源は江戸時代にまでさかのぼる。当時、罪人や泥棒、あるいは違法な賭博場(いわゆる「矢場(やば)」)に出入りする者たちが、警察や役人の取り締まりを警戒して使った密かなコミュニケーション、すなわち隠語が「やばい」のルーツだ。不都合な事態や捕まる危険が迫った際、「やばい(危険だ)」と符牒を交わし合っていたのである。
明治から昭和にかけて、この言葉はアウトローの世界から怪しい俗語へと滲み出し、長らく「不吉」「危険」「悪状況」を表すネガティブな表現として定着していた。転機が訪れたのは20世紀末だ。若者たちが既存の枠組みを打ち破るかのように、感動や感嘆を表す強調語として使い始めた。
最新の2026年文化庁「国語に関する世論調査」によれば、今や全世代の8割以上がポジティブな意味での「やばい」の使用を肯定的に認知している。危険を知らせる合図だった暗号は、数百年を経て相手を称賛する究極の表現へと脱皮を遂げたのだ。