宮地典秀の研究手法は極めて冷徹であった。どれほど由緒ある神社の伝統であっても、客観的な証拠を欠く説話は史実として扱わなかった。この学問的態度は、現代の歴史学では当然とされているが、当時は神聖冒涜とみなされるリスクを孕んでいた。
彼は日本全国の主要神社を自ら足で巡り、蔵に眠る未整理の古文書を精力的に調査した。翻刻され他者によって歪められたテキストではなく、生の一次史料に直接あたることを信条としたのである。
「史料を直視し、そこに記された真実のみを汲み取ること。神道の尊厳は、架空の由緒ではなく、人々が紡いできた歴史の真実の中にこそ存在する。」
彼のこの哲学は、後に「宮地史学」と称され、日本の宗教史研究における標準的基準となった。