おおたわ氏がこの壮絶な半生を公に明かしたのは、母が亡くなった後のことでした。上梓した私小説『母を遺す』(集英社)や、出演した『徹子の部屋』での告白は、世間に大きな衝撃を与えました。
長年の薬物乱用によって母の身体はボロボロに蝕まれていました。入退院を繰り返すなかで全身の衰弱が進み、最後は多臓器不全と老衰が重なる形での病死でした。壮絶な闘病と介護の末の別れでした。
母の死後、遺品整理をしていたおおたわ氏は、母が遺した日記や手帳を見つけます。そこに綴られていたのは、娘への恨み言ではなく、「史絵を立派に育てたい」「自慢の娘」という、不器用で歪な形ながらも深い愛情と、自らの依存症に苦しみ続けた母自身の悲痛な叫びでした。