世界的な美少年ブームの陰で見落とされがちですが、ディカプリオのキャリアの本質は「恐るべき演技力を持った生粋のアクター」である点にあります。ロサンゼルスで育った彼は、幼少期から数多くのCMオーディションを受け、テレビドラマ『愉快なシーバー家』やB級ホラー『クリッター3』などの子役時代を経て頭角を現しました。
映画界に決定的な衝撃を与えたのが、1993年公開の『ギルバート・グレイプ』です。ジョニー・デップ演じる主人公の弟で、知的障がいを抱える少年アーニー役に抜擢された当時19歳のディカプリオは、徹底した観察と直感的なアプローチで難役を体現しました。映画を観た批評家や関係者の多くが「本物の障がい者を起用したドキュメンタリーではないか」と錯覚したほどの演技を見せ、第66回アカデミー賞助演男優賞に初ノミネートを果たします。
さらに1995年には、実在のストリートチルドレンにして詩人・ミュージシャンとなったジム・キャロルの自伝を映画化した『バスケットボール・ダイアリーズ』に主演。麻薬に溺れ、路地裏で体を売るまでに堕ちていく少年の壮絶な狂気と禁断症状を凄まじい熱量で演じ切りました。同年に公開された『太陽と月に背いて』では、19世紀フランスの天才詩人アルチュール・ランボー役を務め、耽美で破滅的な同性愛の愛憎劇を体当たりで表現しています。
大手メジャースタジオの甘いファミリー映画からのオファーをことごとく断り、あえて危険で尖ったインディペンデント作品を選び続けた初期のキャリア選択こそが、後の大成を決定づけました。