東京での新たなキャリアとして、TAISEIは「BAD MESSIAH(バッド・メサイア)」を結成。大手メジャーレーベルからのデビューを果たし、ギタリストの修豚らと共に洗練されたロックサウンドを展開した。しかし、そこでの活動も一筋縄ではいかなかった。音楽業界の波に揉まれ、理想と現実の狭間で葛藤する日々が続いた。
1990年代後半、TAISEIは再び己の原点に向き合う。パンクロックへの衝動を捨てきれなかった彼は、1999年にソロプロジェクトという形で「SA」を再始動させる。後にギターのNAOKI(元COBRA、LAUGHIN' NOSE)、ベースのKEN、ドラムのMATCHAN(後にSHINが加入)という最強の布陣が揃い、新生SAとしての歩みが始まった。
人生の転機と支えとなった存在
30代を迎えてからの再挑戦は、若さ任せの疾走とは異なる責任と重みを伴う。バンドの運営、ライブの集客、経済的な不透明さ。そうした荒波を乗り越えるうえで、精神的な支柱となったのが家族や周囲の密接なパートナーであったことは想像に難くない。生活の安定とロックの情熱を両立させる葛藤の中で、彼の足元を固めた存在があったからこそ、二度目のブレイクへの挑戦が可能となったのだ。