戦場で勝敗を決定づけたのは、参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケが構築した先進的な用兵思想である。モルトケは鉄道網と電信を徹底的に軍事行動へ組み込み、広域に分散した大軍を精密機械のように同期させた。「別進合撃」――異なるルートから進軍した部隊が一斉に敵を包囲する近代機動戦の原型がここにあった。
その極致が1870年9月のセダンの戦いである。フランス軍は要塞都市セダンへと追い詰められ、周囲の高地をプロイセン軍の最新鋭クルップ製後装施条砲に制圧された。歩兵の装備面ではフランスのシャスポー銃が優れていたものの、モルトケが指揮する圧倒的な砲兵火力と包囲機動の前にはなす術がなかった。
包囲網の中で白旗を掲げざるを得なかったフランス軍の壊滅は、個々の兵士の勇猛さではなく、近代的な組織力とロジスティクスの差が戦争の勝敗を決することを世界に知らしめた。