日本現代史や政治・社会動態を語る上で避けて通れないのが、日蓮正宗と新宗教団体との劇的な分裂劇です。インターネット上では「日蓮正宗=創価学会」と混同されるケースがいまだに散見されますが、両者は現在、完全な敵対関係にあります。
1930年に創設された創価教育学会(のちの創価学会)は、もともと日蓮正宗の有力な信徒組織(講)のひとつでした。第2代会長・戸田城聖、第3代会長・池田大作の指導下で爆発的な「折伏(しゃくぶく)」を展開し、日本全国に数百万世帯の信徒を獲得。大石寺に正本堂などの巨大建造物を寄進・建立し、宗門を財政的・規模的に大きく支えました。
しかし、宗門の伝統的な僧侶優位主義(法主の絶対権威)と、巨大化して独自路線を強める学会首脳部との間で、教義解釈や主導権を巡る軋轢が表面化します。1990年末から両者の対立は決定打を迎え、1991年11月、大石寺第67世法主・日顕上人は創価学会破門の経緯となる破門通告を送達。宗門と学会は泥沼の法廷闘争と激しいプロパガンダ合戦へ突入しました。現在、創価学会は日蓮正宗から自立した世界宗教として独自の教義改訂(大石寺の戒壇の大本尊の受持を義務としない等)を進めており、宗門とは完全に断絶しています。
さらに複雑な歴史を持つのが顕正会との関係です。冨士大石寺顕正会(旧・妙信講)もかつては大石寺の法華講(信徒組織)に属していましたが、正本堂建立を巡り「国立戒壇(国費で建立される戒壇)の教義を曲げた」と宗門を痛烈に批判。1974年に解散処分(破門)を受けました。顕正会はその後も「日蓮正宗の教義を正しく守るのは自分たちだけである」と主張しながら独自の布教を続け、宗門・学会・顕正会の三つ巴の確執が形成されたのです。