野中広務という政治家に対する評価は、今なお二極化しています。政敵を徹底的に追い詰める冷酷さから「権力の亡者」と批判される一方で、弱者救済や平和構築に命を削った「ヒューマニスト」としての顔も持っていました。
代表的な功績と評価として挙げられるのが、ハンセン病国家賠償訴訟における国の控訴断念です。法務省や厚生省の反対を押し切り、元患者らの尊厳回復のために早期決着を決断した背景には、地方公務員時代から培われた弱者への共感がありました。また、中国や韓国などアジア近隣諸国との歴史認識問題においても、自身の戦争体験から一貫して反省と和解の姿勢を崩しませんでした。
数々の語録・名言も野中政治の象徴です。公明党との連立工作を進めた際の「白髪三千丈」や、自民党総裁選をめぐり派閥の結束を乱した議員を痛烈に皮肉った「毒まんじゅうを食った」というフレーズは、永田町の権力闘争を生々しく切り取った言葉として歴史に刻まれています。