人間はなぜ、誰に教わることもなく歓喜の極みにおいて両腕を掲げ、拳を握り締めるのでしょうか。この疑問に対し、近年の認知科学および進化心理学は極めて興味深い知見をもたらしています。
サンフランシスコ州立大学のデイビッド・マツモト教授らがオリンピックおよびパラリンピックの柔道競技者を対象に行った大規模な行動観察調査によると、先天的に視覚を持たない盲目のアスリートであっても、健常なアスリートと全く同じタイミングで両腕を「V字」に広げ、胸を張って拳を掲げることが実証されました。他者の勝利ポーズを目にした経験が一度もないにもかかわらず同じ動作が生じる事実は、ガッツポーズが後天的な模倣文化ではなく、人類のDNAに刻み込まれた根源的な感情表出プログラムであることを雄弁に物語っています。
さらに、ハーバード大学の社会心理学者エイミー・カディ氏が提唱した「パワーポーズ(Power Pose)」研究が示すように、身体の姿勢は脳内ホルモンの分泌に対して即座にフィードバックを与えます。背筋を伸ばし、両腕を広げて空間を大きく占有する姿勢をわずか数分間維持するだけで、決断力や自信司るホルモンであるテストステロンが上昇し、不安や過度なストレスを引き起こすコルチゾールが低下することが観測されています。つまり、ガッツポーズという身体動作そのものが、脳に対して「自分は困難に打ち勝った強者である」というシグナルを送り、自己効力感(セルフ・エフィカシー)を物理的に増幅させる生物学的スイッチとして機能しているのです。